恍惚のシルエット

I want to be a paperdoll for only you.

PINK

 

 

 

 

 

誰の心にも隠されてるであろう“衝動”。

 


私はとても“衝動”に興味があった。特に普段はやさしくて朗らかで、とても苛立ちや狂気みたいなものを感じさせる要素のない人の“衝動”に。

 

目に見えていない部分を想像すると、心臓が逸る。

たぶん、見える部分に目を凝らすよりも、そこに想像を当てがって、何かが完成するのなら、その方が答えが多くって、楽しくって、輝きは増す。 

ここでは、ステージの下のこと。

 

 

何かの曲が流れていて、誰かの声が響いていて、数えきれない人の気配を感じていても、自分は自分の中にしかいない。

喉を流れる水、衣裳に袖を通し、つま先が靴の中敷にぶつかって、汗の欠片を涙のように落としながら、顔を拭う、ふと目線をあげると自分と目が合う。


深淵のような黒い目。


鏡越しとはいえ、いつもあの目と向き合っていて、怯まないのだろうか。

私は数瞬でもあの黒い目に貫かれたら、痺れて、どこへも逃げられなくなるというのに。


音が鳴っている。物理的には。辺り一帯に響き渡る音楽と歌声と歓声。

そのどれにも介せずに、まっすぐに目指すのは、メインステージの、ちょうど、真ん中。


そこまでを、想像するの。

役に入り込んでいくように、ハイな状態とは少し違う、最高位のパフォーマンスをするための準備に包まれながら、ふと俯く横顔は、たぶん傑作。

 


空間にこだましてる音楽や声は、あなたにも聴こえていないように、私にも聴こえていなかった。

なぜなら私は、こんなに遠くて到底聴こえるはずのないあなたの鼓動を、聴きたいと思っていたから。

息づかいを、心臓音を、かすかな足音さえ拾えないかと、耳を澄ましていたから。

そして暗闇に目も凝らしていた。

これからあなたが放つ攻撃を、全身で迎え撃つために。


下がって隠れたステージがいつもの高さに上がれば、見えている景色は同じになる。

音は聞こえない。爆音なのに、こんなにそばで別の美しいものが舞っていようと、私にはただ一点しか見えていなかった。


私は気付かない。あなたよりずっと自分の息づかいが激しく、心臓が波打ってることを。

そんなこともわからないくらいに、そこには私とあなたの一対一、と信じて疑わないような空間が、立ち込めている。


闇の中で立ちすくむあなたは、何を考えているのだろう。

これからここにあるすべての目が自分を捉え、音は自分のためだけに鳴り、ヒカリは自分のためだけに差す。

その直前の準備、見えている景色はいつもと同じ?違う?

いちいちドキドキしたり緊張したりするの?逆に無機質?それとも興奮してる?


私はね、してるよ、ずっと、この瞬間に、訪ねてみたかったから。

 

 

 


パリンッ

 

 

 

 


夢から醒めた音なのか、夢に吸い込まれた音なのか、私には、わからなかった。


大きなヒカリが、彼を捉える。その音は、彼が仕掛けた合図だった。

 

私は所詮、この闇に点滅する無数の、ミクロほどのイチでしかない。

そんなどうしようもない私の鼓動にアンサンブルするように、低いベースの音が身体中に巻き付いてくる。


そうして、まるで何事もなかったかのように、今までもずっとそうだったように、目の前には、あなたが一人立つという、シルエットがあった。

 

 

彼一人がそのステージに立ち、歌い舞うという事実に苛まれる。

私が今見ているものは、見せつけられているものは、一体、何だろう。

 

彼の「中」に、ココロごと埋め込まれていく、感覚。


私の中に眠る“衝動”が突き抜ける。

あなたがそこに立っているという現実がきらめく“衝動”も含んだ激情。


そしてこの歌の中の主人公もちょうど、その夜に決着を付けたくなった“衝動”について、語っているんだ。

 


私はというと、時が止められていた。

しあわせな瞬間にいつも、「いま時間止めて」と本気で祈るけれど、実際に時間を止められる人を、私はこの世に一人しか知らない。

 

その唯一の人が今まさに、私の時を、止めている。

 

気流のようなダンス、良い意味でつかみ所のない、掴もうとしても永遠にすり抜けていく、気体のような液体のような、なめらかで儚く消えゆく動き。

ダンスのことは詳しくわからないけれど、細かいところにテクニックが散りばめられていることは否応なくわかってしまうから、止められた時の中でも、もっと擦り切れるくらいに何度もと願う。


止めは止め、跳ねは跳ね、払いは払い。まるで習字のことみたい。なんて、これはすべて終わって落ち着いたときに考えついたことだけれど、まさしくそうで、彼のダンスを正しく文字を書くことに置き換えてみる。


彼のダンスは楷書体ではなく行書体のよう。

楷書のほうがはっきりとわかりやすい上に目立って綺麗で読みやすいから、そういう方に目は惹かれがちだけれど、行書のほうが絶対高度だし、歴史も未来も技術も感じる。


爪の先から髪の先から、彼の気流が作り出す夢以上の夢と、溶け入るような甘い声が拍車をかけて私を捕らえる。


逃げられないと解っていたし、逃げるつもりなどなかった。それでも余すとこなく彼の織りなす点と点に繋がれて縛られていくような感覚が最高潮に達したと、強制的に理解させられ動揺したときに、


無音の世界のなかでさらに追い詰めるように、

 

 

「もう離さない、」

 

 

なんて、彼はそんな台詞を、落としたのです。

 

 

こんなに歌もダンスも演出も強気なのに、その台詞を放つ瞬間の彼はどこか不安そうな心細そうな、纏う気配が“衝動”のギリギリを行っていて、彼本人とこの曲の主人公の影が同じ地面で重なったような衝撃が、息を飲む私の背中をなぞった。

 

 

かつて、Come Back…?という彼が創造した楽曲のすべてを、見せつけられてから、あの世界観の中に封印されたいと願い続けている自分がいた。

もう出られなくなってもいいと宣言したいほど、私はあの曲と、あの曲を生んだ彼に恋をしていた。


超えられない、超えてはいけない、崇高なまま宝箱で大切に守り抜きたいと握りしめたあの演出。

されどまた戻りたいと、できることならあの中に沈み、欲を言えば続きが見たいとすら、心の片隅で唱え続けたあの演出。

その矛盾を携えた感情は心地良かった。

 

それが、数年後、カタチを変えてまたこの瞳のもとに降りかかる奇跡が起きるなんて、胸が、苦しいよ。

 

 


大画面に貼り付けられた言葉は、実際の言葉以上の意味を持って、容赦なく乱射されていた。

平面であることが嘘みたいに、立体的に背景をえがく。

文字の羅列でしかないはずのものが、まるで生きものの絵のように激しく踊り揺さぶられ、彼の相対的なシルエットと絶対的な「顔」が、次々とこの潤む瞳に飛び込んでくる。


何にも代え難い本人が、ただ一人そのステージを飛び跳ねている最中なのに、たったひとつの大画面にさえ心を奪われても後悔しないほどの、圧倒的な演出が施された、異彩。

 

 

ああ、あの世界観に戻ってきたのだ。

彼の中にはずっとあって、消えてなくて、恋い焦がれ続けたあの世界観の扉がまた、11年目のソロ曲で、満を持して、自分を彩るためだけに、開かれた。

 

 

 

あなたは、誰なの。

でもそれが、あなたなの。

 

 

 

溢れ出す涙でにじむ視界に吹き飛ばせ。

止まった時の中でも流れゆくあなたの指先、切なく尾を引く声、献身的に引きずられていく自身の影、空気に舞う塵ひとつ、すべてがあなたの味方になればいい。

 


誰の手も借りない、孤高なあなたの、


あなただけの時間、空間、


そして、あなただけの私たち…?

 

 

 


私はとても“衝動”に興味があった。

今、彼は何を考えているか、何を思っているか。

自分を包む、数多満ちたピンクの中に、強い意志で差し込むイエローのスポットライトが自分を狙った時の、彼の昂ぶる“衝動”に。

 

私たちの欲しかった彼。その反対側に、彼の欲しかった私たちが、いるだろうか。

 

 

 

 

パリンッ

 

 

 

 

夢から醒めた音なのか、夢に吸い込まれた音なのか、私には、わからなかった。


二度目も、わからなかった。

結局、その世界がどこにあったのかさえ。

 

 

震えるココロ、揺れている身体。

思わず指を組み、胸もとにあて、俯いた、闇の中で僅かに。

少しでいいから、あなたを想う時間をください。祈る時間をください。時が動き出す前に、まだあなたが止めた時のままで。


「そこに立っていたあなたが、もうこれ以上ないあなた自身を、私たちに刻んでくれていることがこんなに嬉しくて、こんなに尊くて、こんなにありがたいということ。どうかあなたに伝わりますように。」

 

「暗闇に一人ですべて背負って、洗練された華をばらまくあなたが、心地よく、清々しく、私たちなんかの誰よりも、自分で自分に心酔していますように。」

 

「薄く脆く儚いものが破られてしまうあのパリンッの余韻が、あなたのかける魔法。時に現実を夢のように変え、時に夢を現実と信じさせてくれる鮮烈な愛が、私たちだけでなくあなた自身を、いつまでもしあわせに守りますように。」

 


再び辺りが闇に包まれると、放たれたように、自分を理解した。

攻撃を受けボロボロのメロメロの自分が、こころなしか、ひかって見えた。

 

 

八乙女光のPINKに染まりたい」という“衝動”が、この胸に、焼き付いて、消えなかった、

…その夜のこと。