青と決めていた。
今日で、16周年を迎えました。
あの日あの港で、お城の目の前で、出逢いを遂げて。
見つけてくれて、導いてくれて、
あのときこの右手をとった、その理由をいま誰も解らなくても、
光くんが「自分に必要だとおもったから」選んだんだと、そう信じている。
大勢の中からひとり、という意味と、
自分の意志を持って手を伸ばし、つよく握りしめて、黒い目で貫いた、という意味と。
併せて。欲しいから手を伸ばしたんだと。
まるで、こんな半分空想でしょと言われるような出逢いにも
明らかな根拠を持たせてくれるような16年間だった。
幾度も幾度も、めくるめく奇跡と当然が掛け合わされて
「運命なんだ」って思わせてもらった。
恋とか愛とかではなくて、“アイドルとファン”として
お互いが必要で、つよく支え合いたい運命なんだって。
それを、ついこのまえも、最後まで嘘じゃない、
空想や思い込みじゃないんだって、知れた。
あの日潜在的な感覚で確信的にこの手を選び導いたんだから、
もうそれは運命でしかないんだよ。って。
武器が目しかない場所であれば、それで戦うけれど
うちわがあれば言葉を放つし、
あのひとは私の、“うちわに書ける文字数とエネルギー”内での
決め打ちの言葉に期待してる節が昔からある。
向こうが読んで答えてくれるまでの間、透明の筒に二人だけが存在するようなあの神秘的な感覚を伴って。
そしてなにより、手紙を武器に生きる。
小説を書く職業の人を小説家、脚本を書く人職業の人を脚本家、と呼ぶならば
君だけに永遠に手紙を書き続けるひとのことを、『書簡家』と呼ぶのはどう?
手紙には、想いだけでなく、
事実の記録も書くし、詩も小説も書いてる。
自由さと壮大さがあの空間には存在していて
それは私が一方的に押し付けてるのではなくて、
君が束から引き抜いて「この縦書きの手紙が読みやすかったです」とか
「心が揺り動かされるような小説を書いてくれるのを楽しみにしてる」とか
「(私の言葉を)手元に置いとこ」とか
「この手紙は愛の在処だ」とか
言ってくれたから、書ける。
私の手紙をドヤ顔で持って誌面に載ってくれるから、書ける。
書きたいと読みたいの気持ちが一致してれば
『書き手と読み手』の関係はずっと続く。
はたまた、『原作者と主演』みたいな関係もずっと続く。
たったひとりのために書ける。
たったひとりのために書くから手紙。
時を超えることができ、時を留めることができる手紙。
手元に残し繰り返し心に入り込むことができる手紙。
書いてる間は相手のことしか考えない、
読んでる間は相手のことしか考えない、
光くんの時間も空間も独占できる。どんなに離れていても。
あなたの横に誰がいようと、手紙のなかは二人だけの時間。
ふたりだけの、ひみつ。
私はあなたの『書簡家』になる。
そして、私は、光くんにとっての『紙の上の月になる』。
これからの目標でもあるけれど、
ぜんぶぜんぶこの16年間起きた事実と、
紡いできた記憶と感情が、掲げてくれた誓いだ。
光くん
あの日、見つけてくれてありがとう。
選び、信じてくれてありがとう。
5年前、この出逢いの尊さと感謝を、ラジオのお便りで、言葉にして正式に届けられた。
このときぜんぶに対して嬉しい言葉をいくつも返してくれたけれど、最後に、
「(この握手を)憶えている。顔を見ればわかりますよ。僕お顔覚えるの得意なんで」と
正々堂々と言ってくれた君。
「この握手覚えてますか?」とノリと冷やかしで聞いた話し相手を
ドン引き困惑させてしまうような返答をサラッとしてくれた君。
オンエア当時で11年も前の内容なのにね。
だからまだ目の前で元気にステージに立ち続けてくれる間は、
私にも執筆の仕事を続けさせて。
手紙の封筒の便箋、書き方のスタイルと、ペンネームを、初号から一度も変えずに守り抜いてる私の誇りにかけて。
目の前にいなかった日々のことを思う。
考えても悩んでも何も返答はなく、何も解決しなかった日々のことを思う。
その間も書き続けた手紙が届いていると信じてる。
いま、目の前にいてくれるから、すぐに逢えるから、
問題はすぐに解決した。数日前。お互いのチカラで。
逢えなくて悩むより、逢えて悩むほうがいい、そんなの、絶対だ。
これまでのことはすべて現実で、大切なたからもの。
私たちは誰もが一対一で、本人の奥にある見えないひとのことをいちいち考えるなんて無粋。
私と、あなた、が、すべて。
少しだけ、今までとちがうきもちの17年目が始まります。
雨と風の吹き荒ぶ嵐の東京で、また。
解けない魔法、醒めない夢。これからも続くよ。
そしてこんな甘さとは比にならないような、
はらわたの煮えくり変えるほどの熱量を伴う
私のもっともっと現実的で積年の「夢」を、君と叶えるまでは。
いつかあの港で、お城で、必ず。
出逢いと最終地点は同じ場所、同じ景色。
円環してるね。
いつもありがとう。大すきよ。

最後に愛は勝つ。
やぶひか楽曲、ついに発売されましたね!
仕事だったけど朝イチでCD取りに行って、ひととおりやぶひか摂取してから仕事行った!
なんか分かったような口聞いちゃうと思いますが、あくまで私の考え方と感じたことです。
ブログってそういうもん。(?)
まず開封してからすることは、音楽は聞かずに歌詞カードを読むことなんだけど、
開始数行でもう涙で目が滲んできてそのまま絶叫していた(近所迷惑)。
とてもとても、秘密の香りのする言葉の羅列に思えた、私には。
事前情報からして、こういうニュアンスの内容だろうなとは思っていたけど、細かな言葉はすべて彼らによって選ばれた言葉たちで、
それは実際の言葉以上の意味を持って私たちのもとに届いた気がする。
私的に禁断ワードというか、八乙女さんそれ入れちゃう!?と思う言葉がラップ詞に散りばめられていて、
いくら韻を踏むためとはいえ、歌詞を書いてる時の光くんの感情移入から生まれた言葉だと思うと、すっごいゾクゾクした。
そもそも、光くんは、薮さんと組むのが決まってからすぐに曲のテーマや、自分たちで作詞したいことを思い描いていたわけだから、単純な思い付きではないことは確かで。
テーマに沿う思考を前から温めていたのかなと思うと。ふう。
光くんが書いたラップ詞(正確に作詞の境目は知らされていないけど、ラップだけを光くんが書いて、その他は薮さんが書いたのかな?)は、とても挑戦的で挑発的。
普段の光くんからはあまり見えてこない姿が描かれているかんじがする。
穏やかでやわらかい光くんが、まるで別人格を裏側に隠していたような、「男」っぽく荒々しい激情。
ユニット会議の話からすると、まず光くんがラップ詞を書いて、それを受けて薮さんが残りを書いたらしい。
光くんは薮さんに、いつもの丁寧さを捨てて、強い言葉を書いてとオーダーしている。
けれども出来上がった歌詞を見ると、
ラップ詞以外のところは、どこまでも優しいというか、もちろん口調は強めだけど、ラップ詞の感情をすべて受け止めて包み込んだ先で、強く強く守るような言葉が並んでいるように思えた。
もともと二人が書いていることを知ってるからかもしれないけれど、
曲を聴いていないのに、どこまでがラップ詞の光くんで、どこからが薮さんか、読めばすぐにわかるこのかんじ。
そう思うと、二人の公開交換日記みたいな気がしてきて。
今年のエイプリルフールの夜に、二人がスマホという機械越しに交わしたという秘密の会話たちが、清書されてここに呈示されたような。
光くんが投げたメッセージを、薮さんが受け止めている。
受け止めた上で、一緒に戦おうとしている。
この曲の最大の甘さは、1番も2番もラップ後からサビまでの間の歌詞たちだと、すごく思ってて。
ここらへんの文章は、読むと読むたびに泣ける。
そしてラップ部分だけでなく、光くんがサビ前の部分を歌うという本当の意味。
結局ピーーーという電子音にかき消されてしまう、本当に叫びたい言葉とは?
果たして真相は。
たぶん私たちが知ることはないけれど、二人が本当に叫びたかったことを、やっぱり隠されてしまうかんじがまたドラマチック。
1番の詞では、光くんのラップ詞の「裸」というワードを、薮さんも用いて、割とすぐに使っていること。
そして終盤、「次のステージ」という、
かつて『オリジナルカラー』で最大の盛り上がり部分に持ってきたワードと、同じ言葉を使った薮さん。
光くんが書いた2番のラップ詞は、
「惑わす、迷わず、か弱いか強いか?」が
特に『Come Back…?』の多用されるクエスチョンと、
『Aino Arika』の「好転か荒天か好天か」のに似た雰囲気を感じさせて、
その2曲厨な私としては、最っっっ高に光くんらしさを感じて震えが止まらない。
光くんの低い声でまくしたてるラップも本当にかっこいいし、
薮さんが最後フェイクするからと引き継ぐ唯一の光くん歌唱パート、
ラストの「自分手放しちゃだめだ」は、ラップの低音とは違った、切なく響く高音が至高すぎてね。
ところで「てばなす」は「手放す」とも「手離す」とも書けるわけだけど、
「離す」は永遠に別れるかんじ、
「放す」はもう一度いつか自分に還ってくるかんじがして、
圧倒的に「手放す」の方が魅力的だから、さすがだよね。
光くんは薮さんの歌声がだーーいすきだから、それを引き立てたくて仕方ないんだろうなとも思った。
お互いを引き立てて調和する最善の方法を知っている二人。
全体的に物語性が美しくて、ここ何年も勝手に想像してきたものにも響く感覚があって、
私自身、見せられないようなところにいくつも妄想で彼らのストーリーや台詞や脚本まがいのものを書き溜めてきたけど、まさにそれを彷彿とさせるものだった。
見抜いていたのか見抜かれていたのか
この歌詞を二人が書いたんだなあ。
二人でユニットをすることを、彼らはここ最近、前からわかっていたみたいだった気がする。
偉い大人たちが組み合わせを決めたみたいだけど、二人は二人で組むことを知っていたんじゃないかと思えた。
というか、そもそも今回ユニット形式をとろうと提案したのは誰だったのか?
どういう経緯で選ばれた二人組たちなのか?
まさか二人が仕掛けた罠?
なーんて、考えている、想像は生活を豊かにする。
そしてユニット会議のことだけど、
まず光くんは、ホワイトボードに文字を書くだけで、芸術だよね。
文字のはずなのに、引いてみると絵に見えるというか、全体のバランスをもって1作品に見える。文字は模様みたい。
自分には到底ない感性とスキルだから、とっても美しく見える。
薮さんの描いたイラスト。
ちゃんと「ステージに立つやぶひか」が真っ先に浮かんでいて、表現する愛らしさ。
「二人が強そうなオーラを放ってパフォーマンスしている絵」
という言葉がサラッと口から出てくると、また涙腺が刺激される。
それを、みんなが求めて待ちわびている。
光くんの描いた絵はもうほんとに天才的。
身体から溢れ出す感情を具現化したような、今回のテーマを表現する絵。
このユニットへの強い強い意志を感じる。たまらない。
最後の小芝居で、「薮さんは光くんの絵を消せない」というストーリーだったけれど、
たとえば薮さんが悪い奴に呪いにかけられるか洗脳されるかとかして、周りのことが何もわからないとか、覚えてないとかいう状況に陥ったとしても、
薮さんは光くんの絵を消せないと思う。
「光の絵だ」と頭で理解できてなくても、心がたぶん消せない。消せなくて苦しむ。
そういう想像が頭に浮遊した。
抑揚も、素晴らしいミュージカル感だった。
一方光くんは、一度薮さんが自ら消してしまった絵を蘇らせるわけだけど、自分のではなく相手の絵だけを模写復元し、
台本もないのにナチュラルに
「心のどこかで繋がってるというのか…!?」
という運命的な台詞が咄嗟に吐かれる美しさ。
光くんの方は舞台的というよりはドラマ的な演技で、静かに気付かされ動揺していく様子が、私たちの「演技見たい欲」を増発させてくるし。
そして薮さんのアイスコーヒーを飲んでしまう禁断症状(笑)
で、何より神秘的なことは、
やぶひか二人だけのための、二人しかいない神聖な空間に、なぜかリンゴだけが介入していたこと。
光くんは、当たり前だけど、あえて、わざわざリンゴを持ってきて、カメラ前で食べてるわけで。
リンゴがあるだけで、画が本当に華やかだった。他のユニットと比べても圧倒的に。
そして私たちは毎日リンゴを与えられ続け、光くんと私たちの間には常にリンゴがあって、目の前にはリンゴが積み重なって山積みになっている。
少しずつ増やしていってくれるリンゴ。
そのリンゴそのものを、光くんがあんなにも崇高で神聖な空間に、わざわざ持ってきた。
光くんがリンゴをずっと触ったりシャリシャリしてくれてたおかげで、ずっとファンを会議に参加させてくれてたみたいだった。
やぶひかだけの会議にファンが入ってるみたいなんて言い方はとてもおこがましいけれど、
光くんがそこにリンゴを持ってきてくれることで、
「みんなで掴み取ったユニット」というか、「大切なものを丸ごと守ろう」としてくれたかんじというか、
そんな雰囲気を与えてくれた。
すごい演出じゃない?すごすぎない?
光くんにとってリンゴとは何なのか。
なぜ光くんはこんなにもリンゴをくれるのか。
その答えがハッキリわかったわけじゃないけど、やはり適当に思い付きでリンゴをくれ続けてるわけじゃないことは分かった。
そして、ひかぺにたくさん貼ってくれた、やぶひかリンゴのスリーショット、
食べられる前に撮られてるから、カメラが回る前に撮ったんだよね。
記念撮影かな。
お気に入りの写真みたいだったから、少なからず光くんにとっては、「二人の新しい仕事」が一歩踏み出した思い出の日だったのかな。
何度も貼ってた理由を後から知ると、さらにキュンとするね。
ひかぺでも本当に嬉しそうに、何度も「薮とオイラの曲」の自慢してるし、
その喜びは、私たちもだよ!!!!と叫びたい。
ユニット曲はこの一度きり、と思うと、もっともっといろんなテイストの曲、二人の作る曲を聞いてみたいと、欲は高まるばかりだけど、
今回こんなに時間が無い中、「最高最強の曲」を自らの手で作って届けてくれて、
ありがとうしかない!!!!!!!
ステージパフォーマンスに重点を置いて作られた曲でもあるから、コンサートで披露されるのが楽しみすぎますね。
やぶひかに、めっちゃくちゃにあおられて、踏み倒されたい。
衣裳もダンスも少し話題に出てから、想像すると、もうぜーーんぶ楽しみ🥺
まだまだユニット同士で話し合う時間も多いだろうから、やぶひかにはさらに密な時間を過ごしていただき、時々ひかぺでのろけ報告してくれたらいいですね。゚(゚´ω`゚)゚。
前回の記事で書いた「やぶひかは体感するしかない」が、
歌詞からも、CDからも、ユニット会議からも、濃厚に吸収できたので、
もうしばらくは頭の先から足の先までやぶひかでいっぱいだな。

ファンファーレ!も大好き!
盆踊りverはもっと好き!(笑)
光くんがメイキングで言ってた、「Aino Arikaが好き」と思うこととの類似性も、めっっっちゃ共感した。
重さと切なさが似てるのかな。運命論な感じも似てるし、壮大さも似てる。
説明できないフィーリングのときめき。
てかAino Arika好きって言ってくれて嬉しかったなあ。
2017年で鬼投票して実質シングル1位にした甲斐あったなあ。
明日はMステ!八乙女カメラがたーくさんありますように🥺💛
サバイビー=͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ
byたてがきるか
戦うふたり。
こんにちは。
ちょっとどうしていいかわからずブログ書くとか言ったけど、そもそもブログってどうやって書くんだっけ?な状況ですが、とりあえず。
まず、やぶひか二人の曲が公式的に世に放たれることおめでとう!!!
でも、ユニットの話が出た時から、何の根拠もなく、やぶひかだと信じて疑ってなくて、悩むことも不安になることも、裏を返せばドキドキすることもなく、発表を迎えた。
光くんの雰囲気から感じ取っていたのかな。
何がとは言えないけれど、何となく自信ありげというか、ドヤってるというか、光くんの雰囲気がどんどん確信的に薮さんを連想させていたのかもしれない。
5月18日のやぶひからじらーで、10周年迎える前くらいによく話していた、二人の作詞作曲の話題を投げて、ラジオで答えてもらって。
あれからひたすらその部分聴き返してにやけて、だからたぶん私自身、まあまあ自己暗示にもかかってたんでしょうね。
でも、「いつか」と思って、
きっと忘れてそうだから「思い出して!」と思って、
書いた文章だったから(案の定二人は忘れてるっぽかった(^^;))、こんなにも早く理想が現実になるなんて。
ラジオの反応と会話からすると、あの時はまだユニットの話が出てなかったか、出てたとしても誰と組むとは決まってなかったとおもう。
(もしすでに決まってたなら演技派すぎな二人)
でも、薮さんが一目散に「二人の曲にするかJUMPの曲にするか」というワードを放ったこと、
光くんが「アルバムとかで埋もれたくない」という本音を重ねて放ったこと、
もしかしたら、二人の中にはすでにいろいろと可能性のビジョンが立っていたのかなとも思う。
そこらへんの時系列と二人の作戦と思惑がこれから雑誌やDVDで明らかになっていくのかなと思うと、それだけで最高の夏である。
そしてやぶひかユニットが決まり安堵したけれど、あのラジオから日が浅く、発売日も近めだったので、さすがに自分たちでの作詞作曲を詰めるのは難しいかもな…と思っていて。
いくら大筋は出来上がっているとはいえ、実際商品として世界に出すには、「作曲」は(特に光くんほど慎重でこだわりの強い人は)間に合わないかな〜と。
二人で満を持して自分たちで作ったものならもちろん嬉しいけど、
もう二人が二人で歌ってくれるだけでどんな曲もしあわせだから(;ω;)
と、今度はドキドキして、発表を待っていた。
そして迎えた今日のお昼!情報解禁!
『作詞:八乙女光,薮宏太』
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
はあ〜〜たまらない二人のやり口。
時間もなかっただろうに、二人が!!!JUMPの中で二人だけが!!楽曲の製作にも関わってくれた。
あんなに、文字が光り輝いてることってあるのかな??
ってくらい、作詞のとこだけ、字がピカピカ光ってた気がする。
鮮烈な衝撃。
わかっていたようで、わかっていなかったというか、想像や理想は所詮想像と理想でしかなかったというか、
現実にあの文字列を見せつけられると、
もう切り裂かれたような、突き刺されたような、
もはやこれは痛みを伴ってるのではないかと思うような瀟洒な喜びが、容赦なく襲いかかってきた。
しばし一人でのたうち回る。(in家のソファ)
二人が書いたものを、二人が二人きりで歌う。
誰のものでもない二人の言葉を、二人が解き放つ。
奇跡のようで、かつて奇跡でなかったはずのそれが、また奇跡みたいに舞い戻ってくる。
どれほど待っただろう。どれほど望んだだろう。
結成からのファンの私ですらこんなに。きっと私以上に待つことに長い時を経た人が多くいるし、
本人たちだって少なからず、そして誰よりも。
ヤンヤンが終わるまでは、毎週のように身体に取り込めた、やぶひか二人きりの歌声とトーク。
突然にそれが失われてから、拍子抜けするほどあっさりと、やぶひか二人きりのパフォーマンスが表に出ることがなくなってしまった。
薮担さん、八乙女担さん。他担さんも。
やぶひかというコンビをそれほど好きじゃない人や、なんとも思わない人も大勢いると思う。
その人たちに「何が良いか語って」と言われても、私はちっとも上手く説明できないことは確か。
やぶひかを言葉で形容することはできない。何に例えることもできない。
シンメ、コンビ、親友、戦友、家族、夫婦、いろんな言葉で表され、私だって安易にそう言うこともあるけれど、実際はそのどれでもなくて。
どれである必要もない。
何目線?誰?というかんじだけど、
やぶひかって、「体感」なんだよね。
彼らに惹かれていくには、「やぶひかを体感する」しかない。
二人でいるときの雰囲気、二人きりの会話、お互いを見合うときの視線や表情、使う言葉。微々たるニュアンス、空気。
もちろん歌声、ダンス、MCのパフォーマンスの浸透感。
醸し出される絶対的な安心感、経験値、ブランド力。
そして何よりも重要なのは、「二人きりでいないときの二人から、お互いを感じる」こと。
どれだけ周りに人がいようと、もはや違う場所にいようと、
薮さんからは光くんを感じるし、光くんからは薮さんを感じる。
「好き」とか「仲良し」とかそういうのではない、精神的な感覚が常にお互いを“守ろう”としてるあのかんじ。
大切な人を“守りたい”という心って、どんな邪悪な意志にも屈しない、数少ない感情だと思ってる。
それを見たり聴いたり考えたり、自分自身で「体感」することによって、やぶひかを信じたい気持ちがつよくなっていく。
と、私は思ってる。今書いていてそういうことなんだと思った。
正直、こんなに二人がくっつくとは思ってなくて、あの程よい距離感と冷静さの中にも完全な信頼を置いていた、数年前のやぶひかもダーーイスキだった。
けど、くっつき始めたとき「ビジネス?」とか言われてたけど、そうではないと思えることがことごとく起きてきて、それを私自身幾度も体感して、
この二人はほんものだな。
と思わされてからは、やっぱり今のめちゃくちゃ仲良しなやぶひかも、同じようにダーーイスキ。
今回のがどんな曲になるのか、光くんが意気揚々と教えてくれた、
今までにない、みんなの想像にない「世界観」
二人の歌声が一番なので、個人的には伸びやかな高音が響きあう曲がいいけど、
ダンスでも嬉しいし、楽器でも嬉しいし、ミュージカル調でも嬉しいし、ラップの掛け合いとか弾き語りとかでも嬉しい。
もうなんでもいいよね!!!
二人がお互いを想い、そしてきっと「やぶひか」を待ち続けた私たちやぶひか好きファンのことも想い、作ってくれた大切な曲。
そして。
光くんの「作曲」も待っていたし大好きだけど、私は何よりも「作詞」が一番嬉しくて求めている仕事で。
光くんの中から産まれた言葉が、旋律に乗ってまたこの脳に染み渡る。
しかも光くん自身の声を以って。
前回のブログにも書いたけれど、10月発売のMyojoで、ちょうど光くんの作詞が好きということを伝えられていたから嬉しい。
そして光くんもたくさんのストックメモの中から今回思考を導き出してくれたのか。
はたまた薮さんと歌うことを想像して浮かんだ澄み切ったイメージやワードなのか。
それとも一緒に同席しながらすべてを二人で考え尽くしたメッセージなのか。
作詞:八乙女光
をUNIONからずーーーーっと待っていた。
昔は頻繁にくれたから、それが当たり前だと思い込んでいたあの頃。
そしてそれは当たり前じゃなかったことを知って、待ち続けた、ひたすらに。
私がよく言う【誘発と衝動】
雑誌とラジオにおいて、
光くんとやぶひかへ、
「作詞」「自分で楽曲を作る」という2つの可能性の誘発に、
自分の言葉が、1ミクロンでも加担できていたなら嬉しい。
あ〜リリースに向けての雑誌とかで、ユニット談義やら写真やらが増えるのかなあああ
ひかぺややぶぺにもちょいちょいそんな話が出るのかなあああ
光くんの描いたぷぅたちが「特典」に採用され、それを求めてファンが踊らせてる(言い方www)のもすごい嬉しいいいい
光くんが創り出したものほどいとおしくて尊くて自慢できるものはない。
人それぞれ、担当の何が一番好きで、何を求めてるかって違うと思うけれど、
私は「歌声」と「創作」への比重があまりも大きいので、それが一気に来て、嬉しくて不安で嬉しい。
光くんが「個」として活躍できることを全力で楽しみたい。
ここぞとばかりに。
何事も新鮮なときめきに勝るものはない。
すべての瞬間と感情は一度きり。

やぶひかありがとう\(ˆoˆ )/♡♡♡
それでは次回いつになるやら書き逃げ=͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ
たてがきるか
君のPaper dollになりたい。

こんにちは。
なんとなく、ブログを選んでここに来ました。
書こうとしてることは、私の中の最大に重いテーマだけど、これを真面目にやるとエンドレスになってしまうし、時間も気力ももちろんないので、さらりと。
私は、口で喋ることは特別苦手でもないけれど、話し上手かと言ったらまったくそんなことはなくて、言いたいことが大切なことのときは特に、書いて文章にして伝える方法を選んで生きてきました。
頭に浮かんだことを上手に組み立ててすらすら口にはできないから。
文章でなら、考えて…そこまで深く考えなくても、出てくる。
たぶん、何か書いていてと言われたら、止められるまで何かしら文章を書き続けていられると思う。
おもしろいとか良い文章とか評価は別にして。
書くことが、すきなんだと思います。
ラブレター。
って、どんなに時代が変わっても、失くしてはいけないものの1つだと思ってて。
文字を乗せる紙…便箋を選び、ペンを選び、自分が居座って書く場所を選び、ふうと息をついて、紙と向き合って、頭で想像して、心を全開にして、直接その手でひとつひとつの言葉を飾ってゆく。
手紙を書いているときは、その相手のことだけを考えている。誰にも邪魔されない、自分と相手との一対一の時間。
(読んでいるときもそう。もらった手紙を読んでいる時間は、相手との一対一。)
もちろん向き合って口で会話しているときも、携帯に向かってメールを打ってるときも、一対一でしょう。
でも私は、それが手紙となると、その他とは別のいろんなものが、積み重なっていくと思うのです。
まず、目に見える“モノ”として形に残ること。
それが人の手によってしたためられた、その人個人が持つ唯一の筆跡を伴う文字の羅列であること。
コピーしても印刷してもデータ化しても、原物はたったひとつしかないこと。
文字を間違え直した跡、涙が落ちて滲んだ跡、綺麗に書こうと緊張してる跡、長く書くと疲れてきて少し歪んできた文字の跡、
そのすべてが、相手をひたすら想い続けた軌跡であること。
手紙は、「伝える」ことはもちろん、「残す」ことにも優れてる。
時が経ってから再びあけた手紙は、瞬間で人をその時に引き戻す。
匂いや音までよみがえる。紙が少し古くなってしまっていたら、時の流れを感じられる。
「相手を想って綴る」だけなのに、手紙には、自然にたくさんの魔法がかかっている。
と、私は思っています。
手紙でしか、伝えられない人もいる。
でも手紙でなら、伝えられる人がいる。
それが、アイドル。
相手はたった一人のアイドルで、自分は数多くいるファンの中の一人で、たとえ手紙を送っても、読んでくれるかさえわからない。
でも読んでくれたら、相手と自分は、その時、一対一です。
これは、前に書いた自分のツイートです。

光くんを好きになってから、いろいろな場面で、つよい想いを込めて、たくさんの手紙を書いてきました。
もちろん、届く前に消えてしまったものもたっくさんあるだろうし、書いたけど届けようとしなかったものもたくさんあります。
皆さんも、舞台のときに、お手紙を書いたと思います。
事務所にもファンレターを送ってると思います。
光くんは、手紙を読んでると言ってくれました(ひかぺ)。
過去にも、他の媒体でも、定期的にファンレターの話をしてくれてます。
こちらの想いを一方通行にせず、ちゃんと受け止めて抱きしめて、自分も同じように言葉にして返してくれる。
普通はファンレターなんてどうせ届かないし読まれないから…と書くこと自体が自己満のようになりがちだけど、相手の光くんは読むことをめんどくさがったり逃げたりせずに手に取り、送り主を大切にしてくれる。
本当に…アイドルの…というよりも、人間の、鑑のような人だなと、思っています。
光くんは、きっと読んでくれる!!
から、これからもファンレターとしてのお手紙を、光くんを応援する気持ちいっぱい詰め込んで、書いていきたい。
そしてお手紙とは違うけれど、ラジオの企画メールや、視聴中にツイッターで感想をツイートすること、番組HPにメッセージなど、本人の目に触れるかもしれないところ、そして多数の人の目に触れて、光くんを応援している人がたくさんいることがパッとわかるように、プラスの想いを書いていけば、もしかすると、光くんのお仕事の力添えができるかもしれません。
(これもぜんぶただの私の価値観だから、思ってることを書いてみてるだけです…まあそれがブログだよね)
さて、結局まあまあ長くなってしまったけれど、
今月発売したMyojoさんの読者投稿のコーナーに、久々に載せていただきました。

お返事をもらえたのは12回目、雑誌ラジオの投稿採用は16回目になりました。
光くんのスマホの中に隠されていた言葉、光くんの素敵な素敵なイメージとフィーリングを書いてくれています。
本当に本っっっ当に、光くんにまた作詞や作曲をしてもらいたいです(;ω;)
今月のMyojoは本編のスーツもかっこいいし、やぶひかの自撮りもあるし、光くんの公開伝言板もあって、とっても良かったですよね(๑>◡<๑)
皆様もぜひMyojoで光くんを吸収してください!(何者!)
ここに来て、ブログを読んでくださり、本当にありがとうございました。
ではまた気が向いたら=͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ =͟͟͞͞•̫͡•ʔ
たてがきるか
2012年の海外公演に想いを馳せる。
こんにちは。
ゆるっとしたブログはやめようと思っていたのだけれど、何事もタイミング、と思い、今回は前回とはぜんぜん違うゆるゆるブログだけど、綴ります。
さて、今回は、ただ過去を懐かしみ慈しむだけなので、深い内容はないです😅
レポは苦手で、感情が先行するタイプなので、この記事も、思い出をなぞった私自身の感想の文章です(コンサート内容にはほぼ触れません)。
先日、旅行で台北に行ったのですが、台北に行くにあたり、2012年のJUMPアジアツアーを全力で振り返りました。
大好きな2012年ツアーDVDのdisk2も久しぶりに見直して。
アジアツアーは、まず最初に発表されたのが2012年 年明けの横アリ初日のMCでした。
香港、台湾、タイ、韓国の順かな?その年の3月から6月にかけて4か国をまわるというものだったはず。
私はもともと香港や上海や…そのあたりチャイナ圏に行くことが多く、大好きな場所だったので、アジアツアー発表は本当に嬉しかった!!
事務所のオフィシャルツアーもあるということで、香港公演のオフィシャルに申し込みました。
これが予想以上の倍率だったという噂がまわり、ドキドキ。
当落は家に郵送で届くというシステム、当選なら詳細な申し込み用紙などが送られてくるんですよね。
私は本当に本当に心の底からオフィシャルツアーに参加したかったので、たぶんこの11年間統計的に見ても、このオフィシャルツアーに当選することを、今までで 一番全力で神様に祈っていました(笑)
そして届いた当選通知!!!!!
すべての運を使い果たしたかもしれない(*_*)それでも良かった、ほんとに嬉しかったのです。
しかし、3月14日ホワイトデーの夜。公演2週間前。
FCから一通のメール。
オフィシャルツアーの中止。
というか、香港公演の中止。そしてその後のアジアツアーも一度ゼロに戻すというような。
理由は…なんて書いてあったかなあ。
詳しくは書いてなくて、国際情勢の関係とか書いてたのかな、そんなようなことがざっくり書いてあり、それにより準備が間に合わない。というような内容でした。
ほんとに絶望しました……。
そしてオフィシャルに動いていてくれたツアー会社さんも可哀想に( ´_ゝ`)
それから、5月の横アリ7daysと、夏からの全国ツアー、結局延期されても決まった香港公演と台湾公演がどういう時期に発表されたか時系列は覚えてないのだけれど、ちゃんとアジアツアーが敢行されることが決まりました。
当時はまだJチケットがあり、海外公演はぜんぶJチケでチケットを取りました。
香港はアリーナと2階席で値段が違っていて、選ぶことができました。
オフィシャルツアーは中止のままで、もちろんその元当選者になんらかの配慮があるとかそんなことはなかったけれど、Jチケでチケットはすぐに取れたので(しかもなかなか良い席をJチケ枠に割り当ててくれたようでした)リベンジの香港公演へ。
香港の会場は、カイテックスターホールというところで、DVDにも映っているけれど、全体が黄色い大きな建物でした。
商業ビルの中の一部に会場が入っているようなかんじで、レストランとかも同じ建物に入っていたし、待つときも屋内でとても快適でした。
モニターに公演情報と、ジャッキーチェンさんからのお花。
JWが決まっていたので、そのポスターも貼ってありました。

入場の時に、荷物検査があって、飲食禁止ということで、持っていた食べ物をすべて没収されるのが面白かったです(笑)
飲み物は良かったのかな?ちょっと曖昧なのですが、とにかく開封済み未開封関係なく、グミ、ガム、お菓子、パン等なんでもカバンにある食べ物はぜんぶ入場前に取られてしまって、係員さんの横のカゴにどんどん食糧がたまっていくのがおもしろかった/(^o^)\
あと、1日に2公演あるのに、15:00公演と20:00公演なのも面白かった。
終わると23時近くて、時間の感覚が違うな~と。
会場は私立高校の体育館くらいのサイズ感。
香港公演にいる方たちは、本当にみんな優しくて可愛らしくて、ずーっと楽しかったです。
まずとっても日本語が上手で。
会場外や席に着いてからも、私が日本人とわかると積極的に日本語で話しかけてくれて、それがほんとうに上手だし、明るくて、この瞬間へのワクワクが止まらない様子で。
「日本から来たの?香港初めて?」とか「誰が好きなの?何の曲が好きなの?」とかたくさん質問してくれて、答えると向こうも嬉しそうに答えてくれて、集団で話しかけられるからみんな友達なのかと思ったら、向こうは向こうでみんな今出会った人たちで(笑)
とてもにぎやかな時間を過ごしました。
コンサートが始まると、席はほぼ関係なしというかんじで、みんなステージの方にわーっと集まってゆく。
まったく、“指定席”という概念は無くて、もし日本ならありえないことなんだけど、誰もそんなことを気にしていない空間がなんだか愛おしくて、私はあらあら。と思いながら微笑ましく見ていました(自分はその場を動かないので、人がステージに寄って誰もいなくなったポッカリ空いたアリーナにポツンと立っているかんじ)。
うちわも高く上げるしたくさん声出すし、でもその熱狂的な愛が本当に純粋で、誰かを出し抜こうとか、周りより私が、というよりは、ほんとに「好きだから」「楽しいから」と、弾けているかんじが伝わってくるので、その一生懸命な姿を見ているのが楽しかった。
マナーやルールを改めて徹底している今の時期にこんなこと書いてるけれど、別にそれを肯定しているとかではなく、
マナーやルールも大事だけど、こちらはお邪魔している側なので、国の文化やもともとの思考の違いは受け入れなければならないし、その子たちには本当に悪意はなくて、それ以上のルールを破ることももちろんない。
だから少し違う応援の仕方も可愛い。
大好きな大好きな人たちが、海を越え、国境を越え、時間軸さえ越えて、自分たちが生きている国にやっと来てくれて目の前で笑ってる。
その待ちわびた現実を、周りの目ばかり気にせず全力で楽しむ、という姿が少し羨ましく見えたし、これを止めてはいけないなという空間が、心地よくもありました。
MCの質問コーナーも、通訳の方がいるけど、ほとんどの人が日本語で質問していて、すごかった!!
JUMPもびっくりしていました。
質問もあったけれど、メンバーどうしのハグが見たい!とかも多くて、
裕翔「みんなそういうの見たいんだね~😏」
とかあのずるい顔で言われながらも、やまゆと、ゆやけと、とかでハグしてくれたり。
山田さんに、「天草流みたいに台詞言って!」との要望で(天才的すぎるフリに悶えていた私)
流「俺はちびじゃない。ナスとイチゴが好きなんだ」
という台詞(なんでこの台詞)(そもそも流様は一人称俺じゃなくて僕なんだけど仕方ない)を言ってくれたり、
やぶひかに二人で『世界がひとつになるまで』を歌ってほしいという要望で、二人で肩組んでサビからアカペラで歌ってくれて。
その間他のメンバーは手話のあの振り付けをちゃんとやっていて、全体的にほんわか愛おしかったです。
ABCZとnoon boysと石垣くん後藤くんも付いて来てくれていて、MCに参加して盛り上げてくれたり、香港の方たちもすごい喜んでいたなー。
個人的にすごく良かったのは、MC明けのアンダルシア。
選抜メンバーで、山田、裕翔、知念、薮、ABCZ、ぬんぼで披露。
光くんいなかったけれど、なんかとても洗練されててすごくかっこよかった記憶。
(ちなみに台湾公演では、選抜メンバーが、山田、裕翔、知念、薮、八乙女、伊野尾の6人でアンダルシアしてくれて、それはもう至高でした。)
そして香港公演で忘れちゃいけないのは、DVDにもあるアンコールでのサプライズ。
入場前に、香港ファンの方が走り回って全員に配ってくださっていて、私も参加できました。
本人たちにも渡ったのがとても嬉しいけれど、サプライズにあたりお手紙に書いてくださってることが本当に素敵で、今でも読むと泣けてくる。
ちゃんと日本から来るファンのことも考えて用意してくれていて、何よりStar Timeを選ぶというセンスがすごいですよね。゚(゚´ω`゚)゚。
そしてこの布のメッセージも、素晴らしい。


メンバーも本当に本当に驚いてて、アンコール出て来たときのみんなのぽかーーん( ゚д゚)が忘れられないです。
DVDではステージ裏も映してくれて、彼らがほんとに喜んでいたということが後にわかって、しあわせ倍増。
香港の方たちもあのメイキングちゃんと見てくれたかな?と、いつも思います。
ずっとJUMPを待っていて、力を合わせて想いを伝える、この日を一生忘れて欲しくないから愛を届ける。
逢えることは当たり前ではなく、好きな人が目の前にいることは奇跡。
それを改めて体感させてくれたあの会場の皆さんに、感謝でいっぱいです。
Wアンコールの大合唱も素敵だったなあ…
光くんは医者僕撮影の佳境で、一人あっという間に帰らなきゃいけなかったし、そもそも8話9話の下田先生メイン回を撮ってる最中で、香港に来るのも大変なスケジュールだった(おまけに公演直前光くん風邪ひいてて🤧)。
だけどとにかく光くん楽しそうで、全員本当にキラキラしていて、ハツラツとしていて、アイドルもファンもみんながハッピーを感じている空気の純度が、崇高でした。
そして8月の台湾公演。
こちらもオフィシャルツアーはなくて、Jチケでチケットを取りました。
こんなファイルを付けてくれましたよ。

3日間で5公演を予定していたのに、初日台風直撃でまたも1日中止。
2日で3公演になりました。
台湾公演の会場、南港101は、外から見ても、中に入っても、一言でいうと「倉庫」(笑)
ライブハウスというかんじですかね。
古くて、繁華街でもないので周りにお店もなく、おまけに8月頭の台湾。日差しと湿気が尋常じゃない…
香港に比べるとなかなかつらかったです(^^;

つらかった理由がもうひとつあり、会場はアリーナがオールスタンディング。
ABCDの4つに区間が分かれていて、整理番号順にその区間に入り、好きなところに立てるというシステムです。
なのでまず開場1時間前に、整理番号順に外に整列(立ち)。
開場したら中に入り、その場で開演まで1時間待つ(立ち)。
そして公演がおよそ2時間半(スタンディング)。
初日はこれを×2(苦笑)
我ながらよくあの暑さの中こんなに頑張ったなーというシステムでした。
台湾公演は私と一緒に行った人が車椅子だったのですが、会場スタッフの現地の若いメンズたちも優しく気が利いて、車椅子押してくれたり誘導してくれたり、古い会場でバリアフリー0だったので、車椅子を座ってるまま持ち上げてくれたりと、紳士的な方ばかりでかっこよかった。
日本人コンサートスタッフの方々もお優しく(初日は車椅子席が特になく、最後列の音響ブースの横に居ました)、少し高台になったとこに上がらせてくれたり、銀テを拾って持ってきてくれたりと、かなり助けられてありがたかったです。
そして香港と同じく、台湾のファンの方たちもみーーんな日本語がお上手。
待ち時間も多かったので、このときも周りの方にたくさん日本語でコミュニケーションとってもらって、仲良くお話できました。
海外のファンの方でも、香港も日本もいつも遠征されてる方がいたり、日本からのファンも香港より増えていたように感じました。
始まってみると、台湾のファンの方たちのほうが、日本のコンサート慣れしてるというか、香港ほどの熱狂的なふうではなく、熱いながらもおしとやかな印象でした。
でもスタンディングで、こちらは指定席ではないので、やはりメンバーが移動するとそのステージに近い方にゾゾゾっと全体的に動いて(とてもなめらかに、みんな協力して動いてるかんじがすごい連帯感)キラキラした笑顔でJUMPを見つめている姿が素敵で。
台湾も通訳さんいたけれど、質問コーナーではほとんど日本語で受け答えしていてすごかった!
JUMPも、香港の広東語より台湾の中国語の方が少し馴染み深いのか、割と中国語に挑戦していたような。
「JUMPみんなで『JUMP Around The World!!!』を歌って欲しい」という要望があり(またしても高センスすぎる質問!)、
光くんの「いっせーのせで」からサビを歌おうとしたのだけれど、メンバー歌詞うろ覚えで、鼻歌に(笑)
たしかに、発売してから少年とヤンヤンで少し披露しただけだったから、仕方ない…
でもちょっと切なかったかな。
きっと当初はアジアツアーのために作った曲だろうし、C&Rがめちゃくちゃ楽しそうなので、いつかコンサートで歌って欲しいと長年思ってる曲の1つですよね。
DVDにもあるやぶひかの夫婦なやりとりはほんとに愛おしかったです💓
そして台湾でも、たくさんサプライズを企画してくださっていました。
でもいくつか主催者がいたのかな?どれをいつやればいいの?というかんじではあったけれど、いろいろと用意してくれていて、また日本人ファンに向けても言葉をくれていて、プレゼントをもらったようでした。
でも今手元に、このうちわしかなくて(ごめんなさい)…このうちわも、言葉が素晴らしい。みんなで伝えようと思う言葉に、これを選ぶなんて、また考えるだけで泣けてくる。

他にも、裕翔の誕生日が近かったので、バースデーサプライズが企画されていました。
香港のように上手くは行かなかったんだけど、アンコールで裕翔がちゃんとわかってくれて、メンバーも一緒にお誕生日お祝いしてくれたし、各サプライズの企画は、香港同様本人たちの手に渡ったので、一安心でした。
台湾も、ファンもメンバーもとっても楽しそうではしゃいでいるかんじで、「その時しかないものを全力で体感する」という強い意志を、両者から溢れるように感じました。
初めてだったからというのもあるけれど、やはり日本でのコンサートとはまた違った高揚感みたいなものが立ち込めていて、私自身も、周りのファンもメンバーも、それに身を委ねることが正解とつよく思える、なんともいえない安心感。
最後にファンとJUMPがお互い長い別れを惜しむ姿にグッとくる切なさを感じるほど、あの限られた時間で生まれる一体感、とても美しかったです。
光くんも、あの空間だからこそ、普段を超越した魔法を持っていました。
やさしくて、あたたかかった。やわらかく穏やかで、元気で凛々しくて。
あの年、光くんは1年中忙しかったので、いろいろな思い出に溢れてるだろうけど、あの海外公演たちは、絶対忘れて欲しくないです、アイドルとして生きていく上で。
と、長々とただの思い出話になってしまいましたが、そろそろアジアツアーや、他国でのコンサートなんかも、またやってみてもいいんじゃない?と思い、書いてみました。
先日Music dayで香港に行った彼らですが、他の国にも、他の形で、ずっとずっとJUMPに逢える時間を待ってる人たちがいる。
もちろん日本の行けてない地域もまだまだあるので、それを差し置いて~とかって、なってしまうのかもしれないけど、想いの強さも待ち時間も、どこにいても平等ですからね。
ありがたいことに日本では毎年何度もコンサートをしてくれてる。
だからまた機会があれば、他の国で待っている人のところにも、行ってほしいなー!と思っています。
遠いところからも支えてくれている人たちがいる。
そして遠くてもJUMPに力をもらって生きてる人たちがいる。
そのことをまた体感したら、大事なことを再確認し、さらに彼らが上を目指せるんじゃないかなーなんて。
特に伝えたいテーマがあるわけでもないブログになってしまいましたが、海外公演って素敵なんだよー!という過去を振り返りたくて書きました(^_^;)
当時の公演のレポらしいレポもなく申し訳ないですが、お付き合いいただきありがとうございました。

PS.それにしても台北旅行たのしかったー( ˆoˆ )/✨

PINK
誰の心にも隠されてるであろう“衝動”。
私はとても“衝動”に興味があった。特に普段はやさしくて朗らかで、とても苛立ちや狂気みたいなものを感じさせる要素のない人の“衝動”に。
目に見えていない部分を想像すると、心臓が逸る。
たぶん、見える部分に目を凝らすよりも、そこに想像を当てがって、何かが完成するのなら、その方が答えが多くって、楽しくって、輝きは増す。
ここでは、ステージの下のこと。
何かの曲が流れていて、誰かの声が響いていて、数えきれない人の気配を感じていても、自分は自分の中にしかいない。
喉を流れる水、衣裳に袖を通し、つま先が靴の中敷にぶつかって、汗の欠片を涙のように落としながら、顔を拭う、ふと目線をあげると自分と目が合う。
深淵のような黒い目。
鏡越しとはいえ、いつもあの目と向き合っていて、怯まないのだろうか。
私は数瞬でもあの黒い目に貫かれたら、痺れて、どこへも逃げられなくなるというのに。
音が鳴っている。物理的には。辺り一帯に響き渡る音楽と歌声と歓声。
そのどれにも介せずに、まっすぐに目指すのは、メインステージの、ちょうど、真ん中。
そこまでを、想像するの。
役に入り込んでいくように、ハイな状態とは少し違う、最高位のパフォーマンスをするための準備に包まれながら、ふと俯く横顔は、たぶん傑作。
空間にこだましてる音楽や声は、あなたにも聴こえていないように、私にも聴こえていなかった。
なぜなら私は、こんなに遠くて到底聴こえるはずのないあなたの鼓動を、聴きたいと思っていたから。
息づかいを、心臓音を、かすかな足音さえ拾えないかと、耳を澄ましていたから。
そして暗闇に目も凝らしていた。
これからあなたが放つ攻撃を、全身で迎え撃つために。
下がって隠れたステージがいつもの高さに上がれば、見えている景色は同じになる。
音は聞こえない。爆音なのに、こんなにそばで別の美しいものが舞っていようと、私にはただ一点しか見えていなかった。
私は気付かない。あなたよりずっと自分の息づかいが激しく、心臓が波打ってることを。
そんなこともわからないくらいに、そこには私とあなたの一対一、と信じて疑わないような空間が、立ち込めている。
闇の中で立ちすくむあなたは、何を考えているのだろう。
これからここにあるすべての目が自分を捉え、音は自分のためだけに鳴り、ヒカリは自分のためだけに差す。
その直前の準備、見えている景色はいつもと同じ?違う?
いちいちドキドキしたり緊張したりするの?逆に無機質?それとも興奮してる?
私はね、してるよ、ずっと、この瞬間に、訪ねてみたかったから。
パリンッ
夢から醒めた音なのか、夢に吸い込まれた音なのか、私には、わからなかった。
大きなヒカリが、彼を捉える。その音は、彼が仕掛けた合図だった。
私は所詮、この闇に点滅する無数の、ミクロほどのイチでしかない。
そんなどうしようもない私の鼓動にアンサンブルするように、低いベースの音が身体中に巻き付いてくる。
そうして、まるで何事もなかったかのように、今までもずっとそうだったように、目の前には、あなたが一人立つという、シルエットがあった。
彼一人がそのステージに立ち、歌い舞うという事実に苛まれる。
私が今見ているものは、見せつけられているものは、一体、何だろう。
彼の「中」に、ココロごと埋め込まれていく、感覚。
私の中に眠る“衝動”が突き抜ける。
あなたがそこに立っているという現実がきらめく“衝動”も含んだ激情。
そしてこの歌の中の主人公もちょうど、その夜に決着を付けたくなった“衝動”について、語っているんだ。
私はというと、時が止められていた。
しあわせな瞬間にいつも、「いま時間止めて」と本気で祈るけれど、実際に時間を止められる人を、私はこの世に一人しか知らない。
その唯一の人が今まさに、私の時を、止めている。
気流のようなダンス、良い意味でつかみ所のない、掴もうとしても永遠にすり抜けていく、気体のような液体のような、なめらかで儚く消えゆく動き。
ダンスのことは詳しくわからないけれど、細かいところにテクニックが散りばめられていることは否応なくわかってしまうから、止められた時の中でも、もっと擦り切れるくらいに何度もと願う。
止めは止め、跳ねは跳ね、払いは払い。まるで習字のことみたい。なんて、これはすべて終わって落ち着いたときに考えついたことだけれど、まさしくそうで、彼のダンスを正しく文字を書くことに置き換えてみる。
彼のダンスは楷書体ではなく行書体のよう。
楷書のほうがはっきりとわかりやすい上に目立って綺麗で読みやすいから、そういう方に目は惹かれがちだけれど、行書のほうが絶対高度だし、歴史も未来も技術も感じる。
爪の先から髪の先から、彼の気流が作り出す夢以上の夢と、溶け入るような甘い声が拍車をかけて私を捕らえる。
逃げられないと解っていたし、逃げるつもりなどなかった。それでも余すとこなく彼の織りなす点と点に繋がれて縛られていくような感覚が最高潮に達したと、強制的に理解させられ動揺したときに、
無音の世界のなかでさらに追い詰めるように、
「もう離さない、」
なんて、彼はそんな台詞を、落としたのです。
こんなに歌もダンスも演出も強気なのに、その台詞を放つ瞬間の彼はどこか不安そうな心細そうな、纏う気配が“衝動”のギリギリを行っていて、彼本人とこの曲の主人公の影が同じ地面で重なったような衝撃が、息を飲む私の背中をなぞった。
かつて、Come Back…?という彼が創造した楽曲のすべてを、見せつけられてから、あの世界観の中に封印されたいと願い続けている自分がいた。
もう出られなくなってもいいと宣言したいほど、私はあの曲と、あの曲を生んだ彼に恋をしていた。
超えられない、超えてはいけない、崇高なまま宝箱で大切に守り抜きたいと握りしめたあの演出。
されどまた戻りたいと、できることならあの中に沈み、欲を言えば続きが見たいとすら、心の片隅で唱え続けたあの演出。
その矛盾を携えた感情は心地良かった。
それが、数年後、カタチを変えてまたこの瞳のもとに降りかかる奇跡が起きるなんて、胸が、苦しいよ。
大画面に貼り付けられた言葉は、実際の言葉以上の意味を持って、容赦なく乱射されていた。
平面であることが嘘みたいに、立体的に背景をえがく。
文字の羅列でしかないはずのものが、まるで生きものの絵のように激しく踊り揺さぶられ、彼の相対的なシルエットと絶対的な「顔」が、次々とこの潤む瞳に飛び込んでくる。
何にも代え難い本人が、ただ一人そのステージを飛び跳ねている最中なのに、たったひとつの大画面にさえ心を奪われても後悔しないほどの、圧倒的な演出が施された、異彩。
ああ、あの世界観に戻ってきたのだ。
彼の中にはずっとあって、消えてなくて、恋い焦がれ続けたあの世界観の扉がまた、11年目のソロ曲で、満を持して、自分を彩るためだけに、開かれた。
あなたは、誰なの。
でもそれが、あなたなの。
溢れ出す涙でにじむ視界に吹き飛ばせ。
止まった時の中でも流れゆくあなたの指先、切なく尾を引く声、献身的に引きずられていく自身の影、空気に舞う塵ひとつ、すべてがあなたの味方になればいい。
誰の手も借りない、孤高なあなたの、
あなただけの時間、空間、
そして、あなただけの私たち…?
私はとても“衝動”に興味があった。
今、彼は何を考えているか、何を思っているか。
自分を包む、数多満ちたピンクの中に、強い意志で差し込むイエローのスポットライトが自分を狙った時の、彼の昂ぶる“衝動”に。
私たちの欲しかった彼。その反対側に、彼の欲しかった私たちが、いるだろうか。
パリンッ
夢から醒めた音なのか、夢に吸い込まれた音なのか、私には、わからなかった。
二度目も、わからなかった。
結局、その世界がどこにあったのかさえ。
震えるココロ、揺れている身体。
思わず指を組み、胸もとにあて、俯いた、闇の中で僅かに。
少しでいいから、あなたを想う時間をください。祈る時間をください。時が動き出す前に、まだあなたが止めた時のままで。
「そこに立っていたあなたが、もうこれ以上ないあなた自身を、私たちに刻んでくれていることがこんなに嬉しくて、こんなに尊くて、こんなにありがたいということ。どうかあなたに伝わりますように。」
「暗闇に一人ですべて背負って、洗練された華をばらまくあなたが、心地よく、清々しく、私たちなんかの誰よりも、自分で自分に心酔していますように。」
「薄く脆く儚いものが破られてしまうあのパリンッの余韻が、あなたのかける魔法。時に現実を夢のように変え、時に夢を現実と信じさせてくれる鮮烈な愛が、私たちだけでなくあなた自身を、いつまでもしあわせに守りますように。」
再び辺りが闇に包まれると、放たれたように、自分を理解した。
攻撃を受けボロボロのメロメロの自分が、こころなしか、ひかって見えた。
「八乙女光のPINKに染まりたい」という“衝動”が、この胸に、焼き付いて、消えなかった、
…その夜のこと。